磁歪材料と圧電材料の機能複合型磁気デバイス

キーワード:アクチュエータ,センサ,磁歪素子,圧電素子,磁気制御,ゼロパワー,高温


  1. はじめに
  2.  磁歪材料と圧電材料は,大きな発生力や高い応答性を生かし,小型化により革新的なアクチュエータを実現する機能性材料として注目されている[1].原理は異なるものの双方とも固体アクチュエータで,その発生変位や機械的性質が比較的近いことから,その用途や市場は競合している.磁歪アクチュエータは,低電圧で駆動できるものの界磁用のコイルやヨークを伴うことでデバイスのサイズが大きくなる[2].これに対し圧電材料は同様なものを板,またはその積層構造で実現できる[3].製品の段階においてはデバイスが小型軽量であることが望まれるから,現在のところ実用面では圧電材料が有利である.しかし,電磁現象を基にしたデバイスは非常に多く[4,5],磁気を歪で制御,検知できる磁歪材料の可能性は大きい.歪を仲立ちとした電気・機械エネルギー変換を行う点では双方の材料は共通しており,高いエネルギー密度,電気機械結合係数,キュリー温度,応答性を有するこれらが複合することで,従来にない特徴を有した革新的なデバイスが出来ると思われる.ここでは,我々が提案する複合を基本にした磁気アクチュエータ,センサの原理とその応用,将来性について述べたい.


  3. 複合化による磁気デバイスの仕組み
  4.  複合化のポイントは,磁歪材料と圧電材料を組み合わせ,歪を介した電気と磁気のエネルギー変換により“圧電材料”の特性で“磁気”を制御,検知することにある.図1にその概念図を示し,1例として,積層の複合素子[6]について簡単に述べる.これは板状の磁歪材料の両面に圧電材料を貼り合わせたものである.磁歪材料の磁化を長手方向,圧電材料の分極は厚み方向として,磁歪材料との接合面がグランド,その対面を+極とする.このような単純な構成により圧電材料で磁気を制御,検知できる.例えば,圧電材料に電圧を印加すると,長手方向に縮み(逆圧電効果),この時,磁歪材料には接合面を介して圧縮力が負荷され,逆磁歪効果でその磁化が減少される.逆に,磁歪材料の磁化が増加すると,磁歪効果で長手方向に伸びると同時に圧電材料に引張力を加え,圧電材料に電圧を発生させる.

    図1 複合によるエネルギー変換の概念(右)と素子(左)
    図2 磁気デバイスの構成

     素子は単体でも使えるが,我々はこれを図2のように永久磁石,ヨーク(磁性体)と合わせアクチュエータ,センサとしている.ここで磁歪材料は実用上,適度な透磁率を持っており,磁気回路中で効率よく磁界が加わることでその特性が有効に活用できる.動作原理を図3に示す.デバイスは,空隙を介し,外部可動ヨーク(磁性体)に磁気力(吸引力)を作用する.この時,デバイス中には,磁石の生じる磁束が磁歪材料(磁路I),ギャップ(磁路II)を通る2つの並列な磁気回路が構成される(図3左).  ギャップを固定した状態で圧電材料に電圧を印加した場合,磁束の分布は図3中のように変化する.磁石の磁束は一定であることから,先に述べた電圧印加により磁歪材料の磁化(磁路Iの磁束)が減少することで磁路IIの磁束,磁気力が増加する.このように電圧により磁気力を制御することが可能である.一方,可動ヨークが移動しギャップが増加した場合,磁束は図3右のように磁路IIの磁束が減少し,磁路Iの磁束が増加する.この時,磁歪材料は圧電材料に引張力を加え,電圧を発生させる.つまりギャップの変化を電圧信号として検出することが出来る.

    図3 アクチュエータ,センサの動作原理


  5. 零消費電力で力を保持する磁気アクチュエータ
  6.  図4はアクチュエータの特徴を説明した図である.電磁力で動作する機械は多岐にわたり,これらのアクチュエータは主に電磁石で駆動される.しかし,コイルによる電磁力の制御にはジュール損失の問題があり,これは超伝導材料を除き電気抵抗を有する線に通電する限り必然的に発生する.特に一定の力の保持で位置決めや吸着を行う時は,電磁石は基本的に仕事をしないことから,入力するエネルギーは全て無駄な熱になる.一方,本複合素子では力の保持に電力を消費しない.なぜなら圧電材料は電気的にコンデンサーと等価で,一旦,電荷をチャージすれば,後は電圧の印加のみで電流を流さないからである.(消費電力:電圧×電流=零)この特徴は,力を長時間に渡り保持する場合に非常に有効になる.更に,大きな力を発生させる場合を考えると,電磁石では相当量の起磁力が必要で,それに伴い負荷も増加し,大電流を流すための大型な電源が必要になる.一方,大型な圧電材料の駆動では高い電圧を印加するが,大電流は必要としない.(電圧は板厚に比例し,例えばNECトーキン製の積層型圧電アクチュエータでは,大きさによらず常に150Vの電圧で定格の出力が得られる[7].)応答性を気にしなければ,原理的には電源は小型な昇圧回路8)でも間に合う.以上の点を踏まえると,市販のコンバータを用い,乾電池数本で,象のような重量物を吸着させ,それを零消費電力で保持するようなアクチュエータもできると期待される.

    図4 一定な磁気力を維持する場合の電磁石と複合素子の消費電力と電源

     我々は,これまでいくつかの複合素子を試作し,その特性を検証している.基本的に,素子を超磁歪材料[9,10](Terfenol-D)とチタン酸ジリコン酸鉛(PZT)で構成し,Nd-B-Feの永久磁石と磁性ヨーク(軟鉄)からなる磁気回路と組み合わせている.図1の例ではTerfenol,PZTは幅8mm長さ6mm厚さ1mm(もしくは2mm)で,これらをエポキシ系接着剤で接合している.図5は,ギャップを0.1mmに固定した状態で1.5kVの電圧を印加した場合の,電圧と磁気力,歪の関係を測定したもので,電圧の印加によりTerfenolが圧縮され,同時に磁気力が増加していることがわかる.基本的に磁気力の大きさは磁歪材料,磁石の体積に比例し,その変化幅は,歪に比例する.複合の構成においては,いかに磁歪材料を効率よく歪ませるか,そのための接合方法,体積の比率,異方性の方向などが考慮すべき重要なポイントになる.

    図5 電圧による磁気力と歪の変化

     この素子は図6にある位置決め用のリニアアクチュエータ[11]や磁気浮上装置[12]への実用化が期待できる.試作は,基本的に電磁石の要素を素子に置き換えたものである.熱膨張等の影響を受ける精密な位置決めでは,保持時の発熱をいかに低減するのかが重要な課題であり,コイルのみの電磁力制御ではこれを解決できない.一方,我々は,双方の用途において,素子のみの磁気力制御により任意の位置で可動子を零消費電力で保持することに成功している.より力の変化幅を増加させるために,積層型圧電アクチュエータと磁歪材料を並列に並べ磁性ヨークに接合する,また図1の素子を複数個積層するなどの工夫をしている.

    図6 磁気アクチュエータの応用例(リニアステップモータ:左,磁気浮上装置:右)


  7. 高温で利用できる高感度磁気センサ
  8.  磁気センサは,コイルの誘導電圧,ホール効果[13,14],磁気抵抗効果[15],磁気インピーダンス効果[16]を利用するものがある.複合素子を磁気回路に組み込んだ磁気センサは,磁界を計測する用途には不向きだが,ごく単純な回転,速度検出においては,従来のセンサにない特徴が期待できる.例えば,多くのセンサでは,材料の電気的性質の変化から磁界を検知することで,電源を要するが,圧電材料で動作するセンサでは,磁歪による応力を受け自発的に電圧を発生することで基本的に電源は不要である.またインピーダンスの整合性(ヤング率と発生歪が同程度)が良いことからも感度が高く,キュリー温度の高い材料で素子を構成することで,従来センサが機能しない高温度でも使える.我々は,Terfenol-DとPZT(キュリー温度150℃)もしくはニオブ酸リチウム(LiNbO3,キュリー温度〜1200℃)を接着した素子を作製し,以上の特徴を検証している[17].図7はLiNbO3で,ギャップを0.1mm付近で可動子を微小変位させたときのセンサ電圧の応答で,50V/mmの高い感度で光ファイバーセンサよりもクリアな信号が得られている.また図8の温度特性が示すように250℃の雰囲気下においても室温の80%以上で感度が維持できた.またPZTではキュリー温度以上で感度が急激に低下,2度目の測定で特性が劣化したのに対し,LiNbO3では数回の繰り返し実験でも安定した性能が得られた.

    図7 変位とセンサ電圧の応答(ギャップ0.1mm付近で可動子を微小変位させた)
    図8 感度の温度依存性


参考文献

[1] マイクロマシン技術総覧,産業技術サービスセンター
[2] A.E.クラーク,江田弘,超磁歪材料,日刊工業新聞社
[3] 圧電材料とその応用,シーエムシー出版
[4] 電磁力応用機器のダイナミックス,日本機械学会
[5] 磁気浮上と磁気軸受,コロナ社
[6] T.Ueno and T. Higuchi, IEEE Trans. Magn.,41,(2005),1233-1237.
[7] 積層型圧電アクチュエータ,NECトーキン製品カタログ
[8] T.Ueno and T. Higuchi, Proc. of the 10th international conference on new actuator, (2006), 783-786.
[9] G.Engdahl, Handbook of giant magnetostrictive materials, Academic Press.
[10] M. B. Moffett et al., J. Acoust. Soc. Am 89, (1991), 1448-1455.
[11] T.Ueno and T. Higuchi, the 5th International symposium on linear drives for industrial applications, (2005), 548-551.
[12] 上野敏幸,樋口俊郎, 電気学会論文誌D,(2004), 724-729.
[13] 柴崎一郎:日本応用磁気学会第129回研究会資料,(2003),19-30.
[14] 谷腰欣司:磁気センサとその使い方,日刊工業新聞社
[15] 諏訪部繁和:第15回電磁力関連ダイナミクスシンポジウム講演集,(2003),15-19.
[16] 毛利佳年雄:磁気センサ理工学, コロナ社
[17] T.Ueno and T. Higuchi, IEEE Trans. Magn.,41,(2005),3670-3672