圧電インパクト駆動機構

キーワード:圧電アクチュエータ,圧電素子,マイクロマシン,精密位置決め,微動機構,摩擦力


はじめに

 近年,半導体製造装置,SEM,STM等の試料台など,サブミクロン〜ナノメータオーダの位置決め機構に対する要求が高まっている. これに対し,本研究室では,圧電素子や電歪素子の急速変形に伴う慣性力を利用して,微小移動を起こす機構を開発した. 移動体と慣性体を圧電・電歪素子で結合し,移動体をベース上に置いて摩擦力で保持しただけという単純な機構でありながら,2nmから10µm程度のステップ状の微動が可能である.  この機構を,適当なセンサと組み合わせてフィードバックシステムを構成すれば,センサの精度及び分解能と同程度の,位置決め精度及び位置決め分解能を実現できる. また,この機構では静止位置が摩擦力で保持されるので,位置決め完了後はパワーを必要としない. しかも,通常のサーボ機構による精密位置決め機構で問題となる静止位置保持時に微細な振動を起こすという現象が,起こらないという利点がある. さらに,この機構は一種の自走機構であるため,微動機構と粗動機構の働きを兼ねることができる.
 また,本機構が移動時に発生する衝撃力に注目し,摩擦保持された部品の精密位置決め機構[7]や,細胞操作用マイクロマニピュレータへの応用[8]についても研究を行っている.

移動原理

 図1に圧電インパクト駆動機構(=ピエゾインパクト駆動機構,ピエゾインパクトドライブ,PIDM : Piezo Impact Drive Mechanism)の移動原理を示す. 移動体は,平面上におかれ摩擦によって保持されており,圧電素子とおもりがその端面に接着されている.
 はじめ,図中(a)では,圧電素子は伸びた状態で,移動体は摩擦にて保持されている. (b)で圧電素子をゆっくりと引き戻すと移動体は静止摩擦力で保持されたまま,おもりのみを引き戻すことができる. (c)で,引き戻しの動作を急速に停止させると,慣性力により移動体が微小な移動を起こす. そらに,(d)において圧電素子を急速に伸ばすと,衝撃的な慣性力が発生し移動体が摩擦力に打ち勝って移動する. 図1右側に示したのは,これらの一連の動作において,圧電素子に与える電圧パターンを示している.
 図1は,左方への移動について示しているが,右方への移動も圧電素子の伸びと縮みを逆にすることにより,同様に行うことができる.
左方への移動 電圧パターン 移動アニメーション
(左方への移動) (電圧パターン)
図1 移動原理

移動特性

 図2に基本的な1自由度移動機構の構成を示す. 使用した圧電素子は10×10×20mmの積層型の素子で150Vの印加電圧で16µmの変位を生じ,素子単体での共振周波数は25kHzである. 移動体は電磁石となっており,直流電流を流すことで鋼製のVブロックに吸着させて静止摩擦力を増大させることが可能である.
 図3に約4nmの微小ステップで移動させたときの様子を示す.
1自由度移動機構の構成
図2 1自由度移動機構の構成
移動の様子
図3 移動の様子(ナノメータ微小移動)

圧電インパクト駆動機構の特徴

 本移動機構の特徴は,次のようにまとめることができる.
  1. 構造が簡単である.
  2. 数nmの微小移動と原理上は無制限の可動範囲,比較的大きな最高移動速度が同時に実現可能.
  3. 多自由度移動機構への応用が容易(図4)[3]
  4. 静止状態ではエネルギーを必要とせず安定性が高い.
多自由度移動機構の構成例
図4 多自由度移動機構の構成例

応用例

 圧電インパクト駆動機構の応用例としては,精密位置決め用アクチュエータ以外に,
  1. 超高真空用微動ステージ[4]
  2. マイクロロボットアーム(図5)[5]
  3. 真円度測定器ワーク位置決め機構[6]
  4. 摩擦保持された部品の精密位置決め機構[7]
  5. 細胞操作用マイクロマニピュレータ[8]
  6. 精密インジェクタ
などへの応用が行われており,それらの一部は実用化に至っている.
マイクロロボットアーム
図5 マイクロロボットアーム

参考文献

[1] 樋口,渡辺,工藤:「圧電素子の急速変形を利用した超精密位置決め機構」,精密工学会誌,Vol. 54,No. 11,pp. 2107-2112 (1988)

[2] 樋口,山形:「圧電素子の急速変形を利用した超精密位置決め機構(第2報)摩擦力の大きさと移動特性」,精密工学会誌,Vol. 58,No. 10,pp.1759-1764 (1992)

[3] 樋口,渡辺,工藤,山形,岩崎:「圧電素子の急速変形を利用した超精密位置決め機構(第3報 XYΘ精密位置決めテーブルの開発)」,昭和63年度精密工学会秋季学術講演会講演論文集,pp. 133-134 (1988)

[4] Y.Yamagata, T.Higuchi, H.Saeki, and H.Ishimaru: "Ultrahigh Vacuum Precise Positioning Device Utilizing Rapid Deformations of Piezoelectric Elements", Journal of Vacuum Science and Technology, A, Vol. 8, No. 6 Nov./Dec., pp. 4098-4100 (1990)

[5] T.Higuchi, Y.Yamagata, K.Kudoh, K.Iwasaki: "Micro Robot Arm Utilizing Rapid Deformations of Piezoelectric Elements", Proc. 5th International Symposium on Robotics Research, The MIT Pres, Aug., pp. 441-445 (1989)

[6] 樋口,山形,石田:「真円度測定器における自動心出し機構」,生産研究,第43巻11号,pp. 111-115 (1991)

[7] 松野,石川,宗片,樋口,山形:「圧電インパクト駆動機構を用いた部品の精密位置決め機構の開発 −3自由度位置決め機構の開発−,1996年精密工学会春季学術講演会講演論文集,pp. 1091-1092 (1996)

[8] 工藤,後藤,佐藤,山形,古谷,樋口:「圧電素子を用いた細胞操作用マイクロマニピュレータの開発」,哺乳卵子動物学会誌,第7巻1号,pp. 7-12 (1990)


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