人が手で物体を触った時に覚える感覚は、筋肉や関節で受容する深部感覚と皮下の受容器細胞で受容される皮膚感覚に大別される。これまでのところ、深部感覚に対応する力感覚を提示する装置の開発は数多く進められているが、皮膚感覚を提示する装置の実用化は見られていない。 本研究では弾性表面波(SAW)の特徴を生かし、その機械振動を利用して皮膚感覚のうちの触覚を提示するデバイスの開発を試みた。その基本構成は図1に示すように、振動子と鉄球を分布させたスライダからなり、SAWを用いて皮膚表面にstick-slip振動を発生させる。振動子は、圧電材料である128o Y-cut LiNbO3 基板を用いている。圧電基板表面には交差指電極(または「くし型電極」、interdigital transducer:IDT)を両端に1組ずつ、あわせて2組配置している。この交差指電極に交流電圧を印加することにより、基板表面に弾性表面波(レイリー波)が励振される。 本研究では、2通りの励振方法を用いて実験を行っている。一つは、進行波を励振する方法であり、もう一つは定在波を励振する方法である。進行波を励振する場合は、二つの交差指電極のうち、どちらか一方のみに電圧を印加する。一方、定在波を励振する場合には、二つの交差指電極の両方に電圧を印加することで、基板表面に定在波を励振する。 進行波を利用したタイプでは、弾性表面波リニアモータの原理を応用し、スライダの上に置いた指皮膚表面にせん断力を発生させる。SAW駆動信号に変調をかけることでせん断力を制御でき、ある適切な周波数(数十〜数百Hz)で変調することで、皮膚表面にstick-slip振動を再現することができる。 薄型というSAWデバイスの特徴を生かし、製作したデバイスを図2に示す。この装置では、PC用マウスのボタン部分にデバイスが取り付けられており、操作者はマウスを操作してPC画面上に表示された凹凸の面をなぞることで、それに相当する粗さ感を指先に感じることができる。この際、操作者は、指をデバイス上で動かす必要はなく、ただデバイス上に指をおき、マウス全体を動かすだけでよい。マウスの移動に応じてSAW駆動信号が発生し、マウス動作に同期した凹凸感が指先に伝達されるように構成されている。 定在波を利用したタイプでは、定在波の振動により振動子と鉄球の間の摩擦係数が変化することを応用し、操作者が鉄球スライダ越しに振動子をなぞった際にstick-slip振動を体験できるようにした。この場合は、進行波タイプとは異なり、操作者はデバイス上で能動的に指を振動子とともに(振動子を押さえながら)動かす必要がある。図3に示すデバイスでは、コイルと磁石によりなぞり速度を検出し、検出した速度に応じてデバイスに印加する信号の周波数を変調している。これにより、鉄球越しになぞった振動子表面(表面粗さはRa = 5 nm程度)があたかも紙ヤスリであるかのように感じられた。 |
図1 基本構成 図2 進行波タイプ 図3 定在波タイプ |