パルス駆動誘導電荷形モータ
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原理
図1にパルス駆動誘導電荷形静電モータ[1]の試作例を示す.
本静電モータは,固定子・移動子の2種のフィルムからなる.
固定子は3相に配線された多数の帯状の電極を持ち,表面は絶縁膜で覆われている.
一方,移動子は,微弱な導電性を有する抵抗体層を持ち,電極等の歯状の構造は有していない.
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図1 パルス駆動誘導電荷形モータ |
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図2に駆動原理を示す.
駆動する際は,移動子を固定子の上に置き,(1)初期充電を行い,移動子に電荷を蓄積する,(2)駆動と(3)再充電を繰り返し行い,移動子をステップ状に駆動する.
- (初期充電) 最初,移動子は電荷を持たない.まず,図2(1a)に示すように,固定子電極に(+,-,0)の電圧を印加し,移動子上に電極と逆極性の電荷を誘導する.
これにより,固定子電極のパターンが,電荷のパターンとして移動子上に転写される.充電に要する時間は,固定子・移動子間の容量と抵抗体層の抵抗率で定まり,図1の装置においては,1秒程度である.
充電が完了した時点(図2(1b))においては,移動子は垂直下向きに吸引され,摩擦により強く保持されている.
- (駆動) 図2(2a)のように,電圧を(-,+,-)に切り替える.これにより電極の電荷は瞬時に入れ替わるが,移動子の電荷配置が新たな平衡状態に変化するには,初期充電と同じく,ある程度の時間を要するため,切り替え直後には,図2(2a)のような電荷配置が現れる.
このとき,移動子の電荷とその直下の電極の電荷は同符号となるため,移動子には浮上力が働く.それと同時に,斜め下の電極の電荷の効果により,移動子には右向きの駆動力が働き,結果として,移動子は右側に電極1ピッチ分駆動される(図2(2b)).
- (再充電) 駆動中に移動子の電荷が失われるため,連続して駆動すると,推力が減少する.そこで,移動子が静止した状態で,図2(3)のように電極を1相ずらして正負の電圧を印加し,再充電を行う.失われる電荷は全体の一部なので,再充電の時間は初期充電時間よりも短くて良い.
この後,電圧を印加する電極を1相ずつずらし,(2),(3)のステップを繰り返すことにより,連続的な駆動を行う.
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図2 駆動原理 |
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固定子電極ピッチを240µmとした試作例を図3に示す.
固定子フィルムは,電子回路配線用として用いられているフレキシブルプリント配線(FPC)基板を利用して製作した.
また,移動子フィルムは,厚さ12µmのPET(ポリエチレンテレフタラート)フィルムを用い,抵抗体層としてカーボンブラックとポリウレタンの混合物を表面に塗布した.これにより表面抵抗率は約1014オームに調整されている.
なお,固定子,移動子の質量は,それぞれ,0.32g,0.03gである.
このモータに800Vの電圧を印加し,移動子に糸を取り付け分銅を引き上げさせることで推力を測定したところ,0.1Nの推力が得られた.ただし,駆動の際には,移動子・固定子間の摩擦を低減するため,直径10µmのガラス粒子をフィルム間に挿入した.また,空気の絶縁破壊によるフィルムの帯電を防ぐため,フィルム間の空隙をフッ素系絶縁性液体(パーフルオロカーボン,商品名:Fluorinert FC-77 (3M社))で満たした.
なお,固定子電極の耐圧は800Vであり,これを越えるとカバーフィルムの接着剤層内で絶縁破壊が起こった.
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図3 240µm電極ピッチモデル |
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特徴
本方式の静電モータは,以下の特徴を有する.
- 移動子は,電極等の歯状の構造を持たず,駆動に必要な電荷パターンは,充電操作により固定子から転写される.
このため,電極形状の誤差を受けにくく,製作に高い精度が要求されない.
また,固定子・移動子間の位置・角度合わせが不要であり,組立が容易である.
ただし,安定な高抵抗材料が必要となる.
- 駆動時に,静電反発力により摩擦が減少するため,ベアリング等の機構が不要で,構造が単純化できる.
また,反対に静止時には垂直吸引力により摩擦が発生し,強い保持力が得られる.
- 構造が単純で,製作・組立が容易であるため,多数層の積層化に適する.
積層化
上で述べたように,本モータは,積層が容易に行えるため,多数層の積層により,高出力化することができる.
フィルムモータを40組用いた積層形モータの例を図4に示す.
また,内部の構造を図5に示す.
固定子・移動子両フィルムは,スペーサを介して積層され,端部を固定されている.
積層ピッチは0.35mmである.
固定子電極の両面を利用できるように,固定子フィルムの間に2枚の移動子フィルムを,抵抗体面を向かい合わせに挿入されている.
従って,固定子フィルム40枚に対し,移動子フィルムは80枚となる.固定子部のピンは給電線をかねており,導電ゴム製ワッシャーを通じて,固定子上の電極と接続されている.
モータ全体(図4)は,ケースに入れ,絶縁液に浸して密封した.
推力を伝達するために,移動子両端に固定したワイヤを,シールを通して外部に取り出した.ケース・絶縁液を含む重量は,110gである.
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図4 積層モータ
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図5 積層モータの内部構造
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このモータの推力・パワーを測定した結果を以下に示す.
図6は,駆動周波数10Hzで駆動した場合の,電圧と推力の関係を測定した結果である.
印加電圧は,最低100Vから動作し,推力は電圧の2乗にほぼ比例した.印加できる電圧は,電極の絶縁破壊により,最大800Vに制限された.
図7に,駆動周波数に対する推力およびパワーの変化を示す.駆動電圧は800Vである.
推力は,周波数の低い場合の方が強く,最大8Nが得られた.
パワーは,測定した範囲では,周波数の高い場合の方が強く,最大0.5Wとなった.
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図6 積層モータの推力
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図7 積層モータのパワー
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応用例
2自由度型モータ[2],回転形モータ[3]
上記の例では,固定子側電極は平行帯状電極として構成されていたが,それに代えて,ドット型電極や,放射状電極を用いることにより,2自由度型モータや回転型(ディスク型)モータとすることも可能である.
図8に2自由度平面型モータの例を示す.
このモータにおいては,3×3点を1組とした9相のドット状電極を用いる.
図2と同様の駆動原理を平面に拡張して用いることで,移動子を平面上2自由度で任意の方向へ駆動できる.
図9は,回転型モータである.
このモータでは,平行帯状電極に代えて,放射状電極を用いることで移動子を回転させることができる.
図9中に示したものは,固定子側だけであるが,移動子としては,任意の形状のものを用いることができる.
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図8 2自由度型モータ
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図9 回転型(ディスク型)モータ
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透明モータ[4]
液晶ディスプレイパネル等では,電極としてITO(intium tin oxide)の薄膜が使用されている.この膜は,透明導電体と呼ばれ,光をほとんど遮らずに電気を伝えることができる.これを電極として用いることで,透明な静電モータを開発した.写真を図10に示す.
固定子は,125µmのPETフィルムに25nmのITO薄膜が蒸着された材料を使用した.ITO膜に400µmピッチの電極をエッチングにより形成した.周辺部に見える配線は,銀ペーストにより形成した給電線である.
また,移動子は,上記の例では黒色であったが,ここでは,塩化ビニール樹脂を用いて透明化した.
透明フィルムモータを透明な樹脂パイプに巻き付けて,円筒状の回転モータとして構成した例を図11に示す.
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図10 透明モータ
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図11 円筒型透明モータ
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紙送り機構[5]
パルス駆動誘導電荷形静電モータは,表面抵抗率が1013〜1015オーム/□の材料を,移動子として駆動できる.
紙の抵抗率は,紙の種類により異なり,また湿度により大きく変化するが,多くの紙は,湿度が低いときに抵抗率がこの範囲に入る.
そのため,紙をモータの移動子として動かすことができる.
これを用いれば,ローラ等を用いずに直接に紙に力を与えるコンパクトな紙送り機構が実現できる.
関連項目
参考文献
[1]S.Egawa, T.Niino, and T.Higuchi, "Film actuators: Planar Electrostatic Surface-Drive Actuators", Proc. 1991 IEEE Workshop on Micro Electro Mechanical Systems, pp. 9-14 (1991)
[2]樋口,柄川,新野,西口,「平面2自由度静電アクチュエータの試作」,1992年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,pp. 329-330 (1992)
[3]新野,柄川,樋口,西口,「ディスク形静電フィルムモータの試作」,日本機械学会ロボティクスメカトロニクス講演会'91講演論文集,Vol. B,pp.165-166 (1991)
[4]今野,高田,合田,新野,柄川,樋口,「透明フィルムモータの開発」,日本機械学会ロボティクスメカトロニクス講演会'91講演論文集,Vol. A,pp.73-74 (1991)
[5]新野,柄川,樋口,「静電力による紙送り機構」,精密工学会誌,Vol. 60,No. 12,pp. 1761-1765 (1994)